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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)9658号 判決

原告

北野謙一

右法定代理人後見人

北野正夫

右訴訟代理人弁護士

二神俊昭

小林實

寿原孝満

被告

千代田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

川村忠男

右訴訟代理人弁護士

東谷隆夫

被告

吉本辰夫

右訴訟代理人弁護士

津村政男

主文

一  被告吉本辰夫は、原告に対し、金四八〇万一二六三円及びこれに対する昭和六二年八月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告吉本辰夫に対するその余の請求及び被告千代田火災海上保険株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告吉本辰夫との間では、これを一〇分し、その一を同被告の、その余を原告の各負担とし、原告と被告千代田火災海上保険株式会社との間では、全部原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1(一)  被告吉本辰夫(以下「被告吉本」という。)は、原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六二年八月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被告千代田火災海上保険株式会社(以下「被告会社」という。)は、原告の被告吉本に対する本判決が確定したときは、原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する右確定の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  1項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和五九年八月一一日午前二時二〇分ころ、原告が原動機付自転車(以下「被害車」という。)を運転して石川県金沢市畝田西二丁目方面から同東二丁目方面に通じる市道(以下「乙道路」という。)を右西二丁目方面から同市畝田中一丁目九九番地先交差点(以下「本件交差点」という。)に進入したところ、同市無量寺町方面から同市松村町方面に通じる市道(以下「甲道路」という。)を右無量寺町方面から本件交差点に進行してきた被告吉本の運転する普通乗用自動車(以下「加害車」という。)に衝突され、原告は転倒し(以下「本件事故」という。)、前頭骨骨折、脳挫傷及びくも膜下出血等の傷害を受けた(以下「本件傷害」という。)。

2  責任原因

(一) 被告吉本は、加害車を運転して甲道路から本件交差点に進入するに当たっては、同交差点は交通整理が行われておらず、かつ、左右の見通しが悪かったのであるから、減速徐行の上、乙道路からの交通の安全を確認して進行する注意義務があるのにこれを怠り、乙道路に一時停止の標識が設置されているのに気を許し、時速約五〇キロメートルの高速度で本件交差点に進入した過失により、本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条に基づき、原告の被った後記損害を賠償すべき義務がある。

(二)(1) 被告吉本は、昭和五八年一〇月一九日、被告会社と自家用自動車保険普通保険約款(以下「本件約款」という。)に基づき保険契約(以下「本件契約」という。)を締結したが、その要旨は、①被保険者 被告吉本、②保険期間 本件事故発生日を含む右同日から昭和五九年一〇月一九日まで、③保険金額 五〇〇〇万円、④被保険者が保険証券記載の自動車以外の自家用自動車等を運転し、他人の生命又は身体を害することにより法律上の損害賠償責任を負担した場合でも、これを填補するとの特約(本件約款特約条項4他車運転危険担保特約)の存するものであった。

(2) 本件契約においては、対人事故によって被保険者(被告吉本)の負担する法律上の損害賠償責任が発生し、同責任の額について被保険者と損害賠償請求権者との間で判決が確定したときは、保険者である被告会社が被保険者に対して填補責任を負う限度において、被害者が被告会社に対して損害賠償額の支払を請求することができる旨合意されている(本件約款第一章賠償責任条項第六条)。

3  損害

(一) 治療経過及び後遺障害

(1) 原告は、本件傷害につき次のとおり治療を受けたが、後記の後遺障害が残るに至った。

ア 石川県立中央病院

昭和五九年八月一一日から昭和六〇年一〇月一日まで入院(入院日数四一七日間)

イ 東京慈恵会医科大学付属病院

昭和六〇年一〇月二八日から昭和六一年九月一日まで入院(入院日数三〇九日間)

(2) 原告は、右のように治療を受けたにもかかわらず、現在に至るも意識が回復せず、いわゆる植物人間の状態にある。原告の右状態は、自動車損害賠償保障法施行令後遺障害別等級表の第一級に該当する。

(二) 損害

原告は、本件事故により次のとおり損害を被った。

(1) 入院治療費(特別室使用料を含む。) 一一四四万〇六二二円

(2) 入院雑費 七二万六〇〇〇円

(3) 入院付添費 二五四万一〇〇〇円

(4) 逸失利益 七五一五万〇二四九円

4,228,100(賃金センサス昭和六〇年第一巻第一表・男子労働者・学歴計)×100/100×17.7740=75,150,249

(5) 慰藉料 合計二二〇〇万円

ア 入院慰藉料 六〇〇万円

イ 後遺障害慰藉料 一六〇〇万円

(6) 損害の填補 二〇〇〇万円

原告は、自動車損害賠償責任保険から、損害の一部として二〇〇〇万円の支払を受けた。

(7) 弁護士費用 二五〇万円

以上のとおり、原告の被った損害は一億一四三五万七八七一円から填補分を控除した九四三五万七八七一円であるが、本訴においてはこのうち五〇〇〇万円を請求する。

4  よって、原告は、被告吉本に対し、五〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六二年八月一五日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、被告会社に対し、原告の被告吉本に対する本判決が確定したときは、五〇〇〇万円及びこれに対する右確定の日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告吉本

(一) 請求原因1の事実のうち、本件事故が原告主張の日時、場所において発生したこと、本件事故当時原告が被害車を運転し、被告吉本が加害車を運転して本件交差点に進入したこと及び原告が本件事故により本件傷害を受けたことは認めるが、その余は否認する。

(二) 同2(一)の事実は否認する。

(三) 同3の各事実のうち、(二)の(6)は認めるが、その余は争う。

2  被告会社

(一) 請求原因1の各事実のうち、原告が本件事故によって本件傷害を受けたことは知らないが、その余は認める。

(二) 同2(一)の事実は知らない。同2(二)の各事実は認める。

(三) 同3の各事実は否認ないし争う。

三  抗弁

1  被告吉本(過失相殺)

原告は、本件事故の発生について次のとおり過失があるので、原告の損害賠償の額を定めるに当たっては、右過失が斟酌されるべきである。

(一) 原告は、本件事故当時、石川県公安委員会から運転免許の停止処分を受けていた。

(二) 原告は、本件事故当時、酒に酔った状態で被害車を運転していた。

(三) 原告が進行した乙道路上には、本件交差点の入口手前に一時停止の標識が設置され、かつ停止線の表示があったが、原告は一時停止をしなかった。

(四) 原告は、本件事故当時、無燈火で被害車を運転していた。

(五) 原告は、本件事故当時、後部荷台に訴外高桑学(以下「高桑」という。)を乗せて被害車を運転していた。

(六) 原告は、本件事故当時、ヘルメットを着用していなかった。

2  被告会社(本件約款特約条項16保険料分割払特約第五条に基づく免責)

(一) 本件契約においては、保険料は一〇回に分割して支払い、その支払方法は被告吉本の取引銀行の預金口座から被告会社の取引銀行の預金口座に振り替えるいわゆる銀行口座振替方法(以下「本件口座振替方法」という。)による旨約されており、また、被告会社は、保険契約者である被告吉本が第二回目以降の分割保険料について、当該分割保険料を払い込むべき払込期日後一か月を経過した後もその払込みを怠ったときは、その払込期日後に生じた事故については保険金を支払わない旨約されていた(本件約款特約条項16保険料分割払特約第五条)。

(二) 被告吉本は、第八回分の分割保険料の払込期日である昭和五九年六月二六日にはもとより、右期日後一か月を経過した後も分割保険料を支払わなかったものであり、本件事故は被告吉本が右のように第八回分の分割保険料の支払を怠っている間の昭和五九年八月一一日に生じたものであるから、被告会社は、被告吉本が本件事故により負った損害賠償責任について、保険金支払義務を負うものではない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の各事実のうち、(一)及び(五)は認めるが、その余は否認する。

2  同2の各事実はいずれも認めるが、被告会社が保険金支払義務を負わない旨の主張は争う。

五  再抗弁(被告会社の抗弁に対し)

1  本件約款特約条項16保険料分割払特約第五条により保険会社が免責されるのは、保険契約者がその責に帰すべき事由によって分割保険料の支払を遅滞した場合に限られるべきであるが、被告吉本には次のとおり分割保険料の支払債務を遅滞したことにつき責に帰すべき事由がない。

(一) 取立債務等に変更する旨の合意

本件契約は、訴外石川トヨペョト株式会社(以下「石川トヨペット」という。)が被告会社の代理店として締結したものであり、被告吉本は初回分の保険料も同社を通じて被告会社に支払ったのであるが、石川トヨペットの社員山本恵一(以下「山本」という。)は、昭和五九年四月二六日、同年五月二六日がそれぞれ支払期日と定められていた第六回及び第七回分の各分割保険料の支払が、被告吉本の預金口座の残高が不足していたため本件口座振替方法によっては不可能となるや、同年六月被告吉本に電話連絡をして未払保険料の支払を求めた上、同年七月七日被告吉本宅を訪れて同被告の母親である吉本艶子(以下「艶子」という。)から第六回及び第七回分の分割保険料として一万四〇六〇円の支払を受けた。そして、その際山本は、本件口座振替方法による分割保険料の支払を可能にするため第八回分の分割保険料の支払を同人に要求し、同人が、その旨当時入院中であった被告吉本に伝えたところ、同被告は、同人に立替払を頼むとともに山本に連絡をとり、自宅に集金に来るように依頼し、これに対し、山本は、二、三日中に集金に行く旨約したにもかかわらず、集金しなかったものである。

以上のとおりであるから、第八回分の七〇三〇円の分割保険料については、昭和五九年七月七日から一週間以内に、被告吉本と石川トヨペットとの間において、取立債務とする旨の合意が成立したか、集金するまでは支払期限を猶予する旨の合意が成立したものというべきである。

(二) 被告吉本は、右合意成立後、第八回分の分割保険料の支払をなすべく準備して、山本が取立てに来るのを待っていたのであるから、被告吉本には右分割保険料の支払を遅滞したことについて責に帰すべき事由がない。

2  信義則違反

被告会社の免責の主張は、次のような事情に照らして信義則に違反し許されない。

(一) 本件事故当時、払込期日後一か月を経過した後もなお未払となっていたのは、昭和五九年六月二六日に支払うべき第八回分の分割保険料のみであり、その金額もわずか七〇三〇円に過ぎなかったが、その未払について被告吉本は、前記のように山本の言動を信頼し、同人が集金に来るのを待っていたという事情があった。

(二) その上、被告吉本は、本件事故に他車運転危険担保特約のある本件契約が適用になりうることを知らないまま、昭和五九年九月には保険料残額を山本に支払っているのであるが、山本は、右残額の集金に際し、未払期間中の免責については何ら説明をしなかった。

(三) 本来、保険約款は複雑であり、それを読み、かつ十分理解した上で保険契約を締結する者はいない。したがって、かかる事情の存する本件において、わずかばかりの保険料の未払を理由に免責を主張するのは、信義則に反するものというべきである。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁の各主張はいずれも争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告と被告吉本との間においては、請求原因1の事実のうち、本件事故が原告主張の日時、場所において発生したこと、本件事故当時原告が被害車を運転し、被告吉本が加害車を運転して本件交差点に進入したこと及び原告が本件事故により本件傷害を受けたことは、争いがなく、また、原告と被告会社との間においては、同1の事実のうち、原告が本件事故によって本件傷害を受けたとの点を除くその余の事実は争いがない。

右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件事故現場である本件交差点は、甲道路と乙道路とが十字に交わる交差点であるが、交通整理は行われていない。甲道路及び乙道路は、いずれも、歩車道の区別がなく、道路標識等による最高速度の規制のない直線道路であるが、甲道路の幅員は、同交差点北側で約3.9メートル、同じく南側で約4.1メートルであり、乙道路の幅員は約3.9メートルである。本件交差点付近は、同交差点東角の電柱に設置された水銀燈の照明により夜間でも比較的明るく、甲道路及び乙道路のいずれからも前方の見通しは良好であるが、左右に立ち並ぶ建物のため、互いに交差道路の状況を見通すことは困難である。そのため、乙道路の本件交差点入口付近には一時停止の標識が設置され、停止線の表示がなされている。

(二)  被告吉本は、昭和五九年八月一一日午前二時二〇分ころ、加害車を運転して甲道路を時速約五〇キロメートルで無量寺町方面から松村町方面に向かって南進していたが、本件交差点の手前約37.5メートルの地点で同交差点を確認した。同被告は、日頃から本件交差点をよく通行していたため同交差点の状況を熟知しており、甲道路から乙道路の状況を見通すことが困難であることも知っていたが、夜間で交通量も少ない上、乙道路に一時停止の標識が設置されていたので、特に減速することなくそのままの速度で進行したところ、同交差点の手前約8.3メートルの地点で、同交差点右側の乙道路入口付近に、原告の運転する被害車が被害車が進行するのを認め、危険を感じて急制動の措置をとるとともに左に転把したが及ばず、同交差点中央付近で加害車の右前部を被害車の前輪部分に衝突させ、さらに加害車は約17.5メートル進行した地点で、甲道路左側に設置されていた民家のブロック塀に接触して停止した(なお、加害車の停止地点から遡り約13.5メートルの長さのスリップ痕が印象されていた。)。

他方、原告は、後部荷台に高桑を乗せて被害車を運転し、乙道路を時速約三〇キロメートルで畝田西二丁目方面から同東二丁目方面に向かって東進していたが、本件交差点に進入するに際し、一時停止をすることなくそのままの速度で進入したところ、前示のとおり、甲道路を左方から進行してきた加害車に衝突されて転倒し、約12.1メートル南方の甲道路上まで跳ね飛ばされた。その結果、原告は、右前頭骨骨折、脳挫傷及びくも膜下出血等の傷害を受け、また、高桑も右前腕切傷等の傷害を受けた。原告は、本件事故後直ちに救急車で石川県立中央病院に搬送されたが、重症脳挫傷のため、しばらくの間意識が回復しなかった。

(三)  原告及び被告吉本が本件事故に至った経緯は次のとおりである。

原告と被告吉本は、昭和五九年三月ころに知り合った後、しばしば一緒に酒を飲んだりして遊んでいたが、本件事故日の前日である昭和五九年八月一〇日も、潮干狩りに行った後、午後六時ころから原告の家において、高桑、松坂秀信及び小林正剛のほか、女性二名を交えて酒を飲んでいた。右七名のうち、飲酒したのは男性のみであり、被告吉本も多少口にはしたが、とりわけ原告と小林が多くの量を飲んでいた。特に原告は、午後八時ころに缶チュウハイ(三五〇ミリリットル入り)を七、八本買ってきてからは、そのうちの六本くらいをひとりで飲んだほか、日本酒も飲み続けており、翌一一日の午前二時ころには目の周りが赤色を呈し酒気を帯びた状態であった。同日午前二時一〇分ころになって原告がラーメンを食べに行こうと言い出し、右七名でラーメン屋へ行くことになったが、原告は、同年六月二九日に石川県公安委員会から六〇日間の運転免許停止処分を受けており、加害車を運転した場合には警察に検挙されやすいと考えられたことに加え、同年七月ころにも酒に酔った状態で自己の所有する加害車を運転してガードレールに衝突し、高価な同車を破損したことがあったため、今回はほとんど酒を飲んでいない被告吉本にその運転を任せることにし、自らは被害車を運転してラーメン屋に行くことにした。そして、被告吉本の運転する加害車に松坂、小林及び女性二名が同乗し、原告の運転する被害車の後部荷台に高桑が乗車して原告の家を出発したが、途中原告が裏道を通ってラーメン屋に行こうとしたため、被告吉本らとはぐれ、その後、前示のように本件事故に至ったものである。

なお、原告及び高桑は被害車に乗車するに際し、ヘルメットをかぶっておらず、被害車の前照燈を点燈していなかった。

2 右に認定した事実に基づいて検討するに、被告吉本は、甲道路を進行中、交通整理が行われておらず、左右の見通しのきかない本件交差点に進入しようとしたのであるが、このような場合、自動車の運転者としては、交差道路を通行する車両等に特に注意し、徐行する義務があるものというべきところ(道路交通法三六条四項及び同法四二条一号参照)、同被告は、これを怠り、交差する乙道路に一時停止の標識が設置されていることに気を許し、乙道路を通行する車両の安全を確認しないまま、時速約五〇キロメートルの高速度で進行した過失により本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条に基づき、原告が被った後記損害を賠償すべき義務がある。

二同2の(二)及び抗弁2の各事実は、いずれも原告と被告会社の間において争いがない。

1  そこで再抗弁1の主張について検討する。

(一)  当事者間に争いのない右事実に、〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 本件契約は、被告吉本が被告会社の代理店である石川トヨペットとの間で締結したものであるが、右契約では、保険料を一〇回に分割して支払うこととし、第一回分の二万一〇六〇円を昭和五八年一〇月一九日契約締結と同時に支払い、第二回以降は同年一二月から昭和五九年八月まで毎月二六日に各七〇二〇円を本件口座振替方法により支払う旨定められていた。

(2) 右分割保険料のうち、第一回分の二万一〇六〇円は石川トヨペットの従業員山本が契約締結時に支払を受け、第二回以降第五回分までは各七〇二〇円ずつ本件口座振替方法により支払われたが、昭和五九年四月二六日及び同年五月二六日に各支払期日が到来する第六回及び第七回分については、被告吉本の取引銀行の預金口座の残高が不足していたため本件口座振替方法による支払が不可能となり、未払のままになっていた。本件契約の担当者であった山本は、同年六月二〇日ころ石川トヨペットの保険課長から、被告吉本の第六回及び第七回分の分割保険料が未払のままになっており保険がきかない状態になっているので催促するようにとの連絡を受け、同月二二日ころ、同被告宅に督促の電話をし、応対に出た同被告の母親である艶子に対し、四月、五月と連続して本件口座振替方法による分割保険料の支払を受けることができず四月に遡って保険がきかない状態になっているので第六回ないし第八回分の分割保険料を支払って欲しい旨伝えたところ、同人は、被告吉本が入院中なので連絡しておく旨答えた。

(3) 被告吉本は、昭和五九年三月ころから同年七月ころまで病院に入院しており、山本から保険料支払の催促があったことを艶子からの電話で知ったが、入院中で仕事もできない状態にあり、また、他にもローンの支払が多額にあって手元に十分な金がなかった。そこで、山本から催促のあった第六回ないし第八回分のうち、第八回分の分割保険料は自分で何とか工面するつもりで、艶子には残りの第六回及び第七回分の分割保険料だけ立て替えて支払って欲しいと連絡した。

(4) 同年七月になって、艶子から同月七日に集金に来て欲しい旨の電話連絡を受けた山本は、同月七日被告吉本宅を訪れて、艶子に対し第六回ないし第八回分の分割保険料合計二万一〇六〇円の支払を求めたが、同人は、被告吉本からは第六回及び第七回分の分割保険料の支払しか頼まれておらず、残りの分についてはまた同被告に連絡しておくと言うので、山本は、「残りの分についてもよろしくお願いします。」と言って第六回及び第七回分の分割保険料に相当する一万四〇四〇円のみを受け取った。山本は、二、三日後に被告吉本宅に電話連絡をして残りの分の支払を催促したが、電話に出た艶子はまだ同被告に連絡がとれていないと言い、また約一週間後には直接同被告宅に赴いたが留守であったので、結局支払を得られないままに経過し同年九月を迎えた。

(5) 同年九月になって、山本は、石川トヨペットの保険課長から、同年一〇月で更新時期を迎える被告吉本の保険契約について、残額の支払があれば更新後の保険料が一〇パーセント割引になるので保険継続の意思の有無を確認せよとの指示を受け、被告吉本宅に電話をし、応対に出た艶子に対し右の内容を告げ、同人から同月一二日に残額全部の支払をするとの約束をえ、同日被告吉本宅を訪れて艶子から保険料残額二万一〇六〇円の支払を受けた。右当時、山本は本件事故が発生していた事実を知らなかったし、また、被告吉本及び艶子は分割保険料の支払を遅滞しなかったなら本件事故について保険金の支払がされうるものであることは知らなかった。

〈証拠〉中、右認定に反する部分は、その余の前掲証拠と対比して措信できない。

(二)  本件契約に基づく被告吉本の保険料支払債務の履行状況等に関する事実は以上のとおりであるが、これを超えて、被告吉本と被告会社の代理店である石川トヨペットとの間で昭和五九年七月七日から一週間以内に、第八回分の分割保険料について、持参債務から取立債務に変更する旨の合意ないし集金するまで支払期限を猶予する旨の合意が明示的に成立したとの事実は、本件全証拠をもってしても認めるに足りないし、また、第六回分及び第七回分の分割保険料の支払が、被告吉本の取引銀行の預金口座の残高が不足し、本件契約において約された本件口座振替方法によってすることが不可能となったため、山本は被告吉本宅に赴いて右分割保険料を集金したものであり、この集金は、顧客に対するサービスの域を超えるものではなく、右各合意が黙示的に成立したものと推認すべき事情ともいえない。

したがって、原告の再抗弁1の主張は採用することができない。

(三)  なお、前示のように、山本は、被告吉本から昭和五九年九月一二日に至って第八回分の分割保険料の支払を受けているので、この法的意味・効果をここで検討することとする。

(1) 前記認定の事実によれば、昭和五九年六月二六日の経過とともに被告吉本の第八回分の分割保険料支払債務は遅滞に陥ったものであり、この遅滞は同被告の責に帰すべき事由によるものというべきである。

そして、〈証拠〉によれば、本件約款特約条項16保険料分割払特約第五条は、「分割保険料を払い込むべき払込期日後一か月を経過した後も、その払込みを怠ったときは、その払込期日後に生じた事故については保険金を支払わない」旨規定し、分割保険料不払の場合の免責を定め、同第六条は、「払込期日後一か月を経過した後も、その払込期日に払い込まれるべき分割保険料の払込みがない場合には、保険契約を解除することができる」旨規定し、分割保険料不払の場合の保険者の解除権を定めているから、被告吉本の責に帰すべき事由による第八回分の分割保険料の履行遅滞により、右免責の効果と解除権の発生の効果とが生じたものというべきである。

(2) 右のように免責の効果等が発生した後において、山本は被告吉本に対し、第八回分の分割保険料の支払を求め、その支払を昭和五九年九月一二日に受けていることは、前記認定のとおりであるが、このような場合の取扱については本件約款にも商法にも明確な規定はない。

証人山本恵一の証言によれば、保険契約者にとっては、保険料未払により保険契約を失効させるよりも、未払保険料を支払って保険契約を存続させたほうが、存続後の事故に対して保険の適用があること、又は、保険料の無事故割引の適用を引き続き受けることが可能であること等の利益を享受することができる場合が多いため、未払保険料を支払い、保険契約を存続させる取扱がなされていることが認められる。

しかしながら、前示の免責の効果等が発生した後に右のような取扱がなされた場合、保険者の解除権を消滅させることになるとしても、免責の効果が消滅し、保険者が分割保険料の履行遅滞後に発生した事故について保険金の支払義務を負うこととなるかどうかは、更に検討を要するものというべきである。

ところで、前記の本件約款特約条項16保険料分割払特約第五条の規定は、同一の危険のもとにある保険契約者の被る損害を相互的に填補することを目的とする保険制度が機能を果たしうるためには、保険料が現実に払い込まれて保険団体資金が形成されることが必要不可欠であることから、保険料の払込みがあるまでは保険者は危険負担をしないことを基本としつつも、保険料について分割払の方法がとられた場合における保険契約者又は被保険者の利益をも考慮し、第二回目以降の分割保険料の支払債務が保険契約者の責に帰すべき事由によって履行遅滞となったときにおいても、前示のような取扱を可能とする等のために当該保険契約が直ちに失効するものとせず、また、当該分割保険料の払込期日から一か月以内の期間に限って、この期間中に生じた保険事故については、この期間中に右分割保険料が支払われる限り、この支払が右事故の前にされたときはもとよりその後にされたときにおいても、保険者は右事故について保険金の支払義務を負うとの例外を定めたものであるが、この例外以外の場合については右基本によることをも定めたものと解するのが相当である。

したがって、第二回目以降の分割保険料の支払債務が、保険契約者の責に帰すべき事由により、その払込期日後一か月を経過し、右規定に基づく保険者の免責の効果が生じた場合には、右払込期日後に生じた事故については、その後に右分割保険料が支払われたとしても、当初に遡って遅滞にならなかったものとして免責の効果が排除され、保険者が保険金の支払義務を負うに至るものと解することはできない。

以上のとおりであるから、山本が被告吉本から昭和五九年九月一二日に第八回分の分割保険料の支払を受けたとの事実は、被告会社の責任を左右しないものというべきである。

2  次に再抗弁2の主張について検討するに、前記認定の事実によれば、本件事故時において、払込期日後一か月を経過した後もなお支払未了となっていたのは第八回分の分割保険料七〇二〇円に過ぎないこと、被告吉本及び艶子は、昭和五九年九月一二日には山本の右分割保険料の支払請求に応じ、遅滞なく支払っていれば本件事故について本件契約に基づく利益を受けることができたことを知らずに保険料残額を支払ったものであることが認められるが、被告吉本が、本件事故の発生について、本件約款第六章一般条項第一四条所定の被告会社に対する事故通知義務を尽くしたと認めるに足りる証拠はない上、証人山本恵一の証言によれば、山本は本件事故が既に発生したことを知らずに未払保険料を受領したものであると認められるのであり、したがって、山本が、本件事故を知っていながら、被告吉本に対し、本件事故については本件契約に基づく保険金の支払がされないことを説明しなかったなどとはいえないから、いまだ被告会社の主張を信義則に反するものということはできない。

3  そうすると、原告の被告会社に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三進んで、被告吉本との関係で原告の損害について検討する。

1  〈証拠〉によれば、原告は本件傷害につき、昭和五九年八月一一日から昭和六〇年一〇月二八日まで(四四四日間)石川県立中央病院に、同日から昭和六一年七月四日まで(二五〇日間)東京慈恵医科大学付属青戸病院に、同日から同年九月二五日まで(八四日間)同大学付属第三病院にそれぞれ入院して治療を受けたが、四肢不全麻痺、言語障害及び経口摂食不能等の障害を残して同年一〇月ころ症状が固定し、いまなおいわゆる植物人間の状態にあることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  そこで損害額について検討する。

(一)  入院治療費等

四一八万二二九二円

前示のように、原告は、石川県立中央病院、東京慈恵医科大学付属青戸病院及び同大学付属第三病院に入院して治療を受けたが、〈証拠〉によれば、右入院期間中の治療費等として、各病院にそれぞれ二五七万四〇六二円(治療費二四七万五五六二円のほか、付添寝具料八万〇三〇〇円、文書料一万八〇〇〇円、おむつ料二〇〇円を含む。)、一一三万七六三〇円、四七万〇六〇〇円(合計四一八万二二九二円)の支払を要したことが認められるから、右同額を損害額と認めることができる。

(二)  特別室使用料

六七四万一五〇〇円

〈証拠〉によると、原告は、前記入院中、特別室使用料として合計六七四万一五〇〇円の支払を要したことが認められるところ、原告の受傷内容は、前示のとおり、前頭骨骨折、脳挫傷及びくも膜下出血等その頭部に集中しており、しばらくの間意識の回復もなかったほどであるから、原告は、右入院期間中極めて重篤の状態にあり、特別室の使用を必要とする状況にあったものと認められる。

したがって、特別室の使用料についても本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当であるから、右同額が損害額となる。

(三)  入院雑費 七七万六〇〇〇円

前示のように、原告は、昭和五九年八月一一日から昭和六〇年一〇月二八日までは石川県立中央病院に、同日から昭和六一年七月四日までは東京慈恵医科大学付属青戸病院に、同日から同年九月二五日までは同大学付属第三病院にそれぞれ入院して、合計七七六日間治療を受けたが、入院雑費は一日当たり一〇〇〇円と認めるのが相当であるから、七七六日間では頭書の金額となる。

1,000×776=776,000

(四)  入院付添費

二九四万八八〇〇円

〈証拠〉によれば、原告は、石川県立中央病院及び東京慈恵医科大学付属青戸病院に入院中はもとより、同大学付属第三病院に入院してリハビリテーションを行っている間もほとんど症状の改善がなく、いずれの期間も付添看護を必要とする状態にあったものと認められるところ、前掲甲第六号証の七によれば、右入院期間中原告の母がこれに付き添ったことが認められる。そして、近親者の入院付添費は一日当たり三八〇〇円と認めるのが相当であるから、七七六日間では頭書の金額となる。

3,800×776=2,948,800

(五) 後遺障害による逸失利益

六二九五万六四六〇円

前示のように、原告は、石川県立中央病院等で入院治療を受けたにもかかわらず、昭和六一年一〇月ころ、四肢不全麻痺、言語障害及び経口摂食不能等の後遺障害を残して症状固定となったが、弁論の全趣旨によれば、原告の右後遺障害は、自動車保険料率算定会損害調査事務所により自動車損害賠償保障法施行令二条別表後遺障害別等級表の第一級に該当するとの認定を受けていることが認められ、右事実によると、原告は、右障害により、前記症状固定の日から六七歳に達するまでの二五年間を通じて、その労働能力を一〇〇パーセント喪失したものと認めるのが相当である。

そして、〈証拠〉によれば、原告は、昭和三九年七月一八日に出生した男子であり、昭和五三年に金沢市立の工業高等学校を中退して一時レストランに勤めた後、大一建設株式会社という会社で土木作業員として稼働していた時期もあって、本件事故前は非常に健康であったことが認められるから、本件事故に遭わなければ、前記症状固定の日から六七歳に達するまでの間、少なくとも賃金センサス昭和六一年第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・中卒・全年齢平均の年収額(その額が三九〇万五一〇〇円であることは当裁判所に顕著である。)を得ることができたものと推認されるので、右額を基礎とし、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、右二五年間の逸失利益の本件事故当時における現価を求めると、次のとおり六二九五万六四六〇円となる。

3,905,100×1.0×(17.9810−1.8594)=62,956,460

(六) 慰藉料 二〇〇〇万円

本件事故による原告の受傷内容、入院期間、後遺障害の内容(特に原告がいわゆる植物人間の状態にあること)等、本件に顕れた一切の事情を斟酌すると、本件事故によって原告が被った精神的苦痛を慰藉するためには二〇〇〇万円をもってするのが相当である。

(七) 過失相殺の抗弁について

一項で認定した事実に基づいて検討するに、原告は、乙道路を走行中、交通整理が行われておらず、道路標識により一時停止すべきことが指定されている本件交差点に進入しようとしたのであるから、このような場合、車両等の運転者としては、停止線の直前で一時停止する義務があるものというべきところ(道路交通法四三条)、原告はこれを怠り、一時停止することなく時速約三〇キロメートルで同交差点に進入した過失により、本件事故に至ったものである。

のみならず、原告は、次のとおり、道路交通法の各規定に違反して被害車を運転し、本件事故に至ったものであるから、その過失は重大であるといわなければならない。

すなわち、何人も、公安委員会の運転免許を受けないで(運転免許の効力が停止されている場合を含む。)原動機付自転車を運転してはならず(同法六四条)、また酒気を帯びて車両等を運転してはならないのであるが(同法六五条一項)、原告はこれに違反して、前示のように、運転免許を得ないまま、酒気を帯びて被害車を運転しており、さらに、原動機付自転車は、夜間、道路にあるときは、前照燈及び尾燈をつけなければならず(同法五二条一項及び同法施行令一八条一項二号)、またひとりを超えて乗車させてはならないにもかかわらず(同法五七条一項及び同法施行令二三条一号)、原告はこれにも違反し、前示のように、前照燈をつけず、後部荷台に高桑を乗車させて被害車を運転しているときに本件事故に至ったものであり、加えて、原告の受傷内容は、前示のとおり、前頭骨骨折、脳挫傷及びくも膜下出血等であってその頭部に集中しているのであるが、原動機付自転車の運転者は、乗車用ヘルメットをかぶって運転するように努めなければならないとされていたのであるから(同法七一条の三第二項)、原告がこれを順守し、ヘルメットをかぶっていれば、本件傷害のような重症には至らなかったであろうと推認することができ、したがって、原告自身がヘルメットをかぶっていなかったことも、原告の損害を拡大させた要因のひとつであると認めることができる。

以上のとおり、本件事故は、原告と被告吉本の各過失が競合して生じたものというべきであるが、双方の過失を対比し、原告の過失が極めて重大であることを考慮すると、原告の前記損害額から七割五分を減額するのが相当である。

そうすると、被告吉本が原告に対して賠償すべき損害額は二四四〇万一二六三円となる。

(八) 損害の填補 二〇〇〇万円

原告が本件事故につき自動車損害賠償責任保険から損害賠償の一部として二〇〇〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、右は前記損害の填補に充てられるべきである。

したがって、被告吉本が原告に対して賠償すべき損害額は四四〇万一二六三円となる。

(九) 弁護士費用 四〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告は本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、相当額の費用及び報酬の支払を約束しているものと認められるが、本件事案の性質、審理の経過、認容額に照らし、原告が本件事故による損害として被告吉本に対し賠償を求めうる額は、四〇万円と認めるのが相当である。

3  以上によれば、被告吉本は、原告に対し、本件事故に基づく損害賠償として、合計四八〇万一二六三円を支払う義務があるといわなければならない。

四よって、原告の本訴請求は、被告吉本に対し、右損害の残額四八〇万一二六三円及びこれに対する本件訴状が同被告に送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和六二年八月一五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、同被告に対するその余の請求及び被告会社に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官柴田保幸 裁判官原田卓 裁判官石原雅也)

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